円明院というお寺がありましたが、火災で焼失してしまいました。
冊子 北押原のさとめぐりより・・・
金剛山と号し真言宗薬王寺の末寺で、元亀(げんき)元年(1570)の創建といわれます。もとは東武線の西方にありましたが、天和(てんな)2年(1682)に現在地に移転したと伝えられ、本尊は木像の地蔵尊で左右に不動明王を配しています。江戸時代末期には境内に寺子屋がありましたが、明治初期以降は無住となりました。明治6年(1873)から大正7年(1918)まで塩山小学校として使用されましたが、その後市町村合併により北押原小学校となりました。境内には最後の校長谷中先生の頌徳碑が立っております。本堂は平成15年12月17日に火災にて焼失しました。
写真は焼失前の円明院です。
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