真岡市へ
●真岡市の風景    栃木県真岡市
真岡市一覧 ホーム
能仁寺 臨済宗
20.2.2
内容はほとんど同じ
■説明板・・・
●大雄山能仁寺(臨済宗妙心寺派)真岡市根本愛宕下
本寺は南北朝期、足利尊氏を開基とし、仏国国師(那須雲厳寺の開祖)の高弟、不識妙宥(ふしきみょうゆう)禅師の開山で康永(北朝)2年(1343)に建立された。本尊は釈迦如来(県指定文化財)である。尊氏公から永1千貫(※永貫文(擬制貨幣 主に関東の畑方年貢換算に使用した) の地を寄付されて、鎌倉円覚寺派十刹の一に列し下野国では、那須の雲厳寺と並んで最高位の寺院となっていた。応永26年(1419)には、称光天皇から蒙古使に命じて書かせたと伝えられる「関東名藍」の扁額を賜った。戦国時代末期に二度の火災、その後江戸時代に山崩れ等の災害にあったが、仏殿(釈迦堂)と扁額は難を免れたといわれる。仏殿には、足利氏の家紋である「丸に二引両(※引き両紋)」が附され尊氏の木像やお位牌が安置される尊氏ゆかりの由緒ある寺院である。なお、尊氏は暦応(北朝)元年(1338)本寺から約500メートル東の境沢の地に観音堂を建立し、その守護として本寺院を建立したといわれている。
真岡市
■説明板・・・
●能仁寺
当寺には、鎌倉後期の制作と推定される銅造阿弥陀如来立像(写真)があり、また、享保3年(1718)に鋳造された銅鐘があります。この鐘は、明治6年(1873)宇都宮中学校(現宇都宮高等学校)建設のため、献納を求められたが、檀徒一同が献金して、これを免れたことが記されております。阿弥陀如来立像、銅鐘とも県指定文化財であります。
環境庁・栃木県
↓関東名藍(関東でも品質のよい藍の産地という意味なのか?)
の扁額(高いところにつける薄くてたいらな看板)
↓鐘つき堂
↓20.4.4撮影