日本参体之壱
六道厄除閻魔法王略縁起
その昔第45代聖武天皇の御代今より1100年ほど前、行基という高僧が居った。行基は欲にのみふけって来世に苦難を受けることを知らない人々の余りに多いのをあわれに思し召され、すみやかに■■を信じて安養浄土に生まれる方法はないものかと7日の間阿弥陀仏を念じ給われた。
満願の日の暁に大憤怒の相で閻魔法王が現れ給い「汝末代の衆生のために予の像をちょうこくして罪悪の衆生を救うべし」と、忽ち(たちまち)御姿を消し給われた。
そこで行基はお告げの通り、尊像三体をちょうこくして開眼供養し、大念仏を修し給われた。その後、弘法大師が真言の一宗を広め給われた時、この秘仏は大師に「汝と共に東国へ赴き迷える衆生を救わん」と告げ給われた。
日光登山の折、尊像と共にこの地にお立ち寄りになられたところ、不思議に大師をお守りになったので、大師はこの地こそ有縁の地であると思し召され、一堂を建立し、あつく尊像を安置し、又、この地を六道と名づけられた。
かくして、この尊像を拝して厄難を免れ二世(現世、来世)安穏の御利益を得るものは年をへると共にその数知れず現在に至っている。・・・一部見えないところもあります。以下省略 |