■説明板・・・
●朝鮮通信使の今市客館跡
江戸時代、「信(よしみ)」を通わす善隣(ぜんりん)友好の朝鮮通信使は12回来日しました。うち、寛永13年(1636)・同20年(1643)・明暦元年(1655)の3回、正使(せいし)・副使・従事官(しゅうしかん)の三使ら約200人が日光を訪れました。寛永13年は遊覧でしたが、次の2回は東照宮と大猷院(たいゆういん)で朝鮮式の参拝をしました。一行は春日部(埼玉県)・小山(栃木県)・宇都宮(同)に泊まり、4日目の夕方今市客館に着きました。翌日日光へ行き、再びここに宿泊し、同じ道を江戸へもどりました。道中、異国に憧れる人々が大歓迎しました。寛永13年の正使任絖(インコワン)は、ここを「材木を江戸から運び1万両の費用で、新設の板屋が100軒近く」、人馬が多く、麦畑を平坦にして特別に館舎を設けた」(丙子(ひのえね)日本日記)などと書きました。その後の三使の日記も、新築の豪華な客館にふれています。
今市市 |