■説明板・・・
●山口青頓の句(やまぐちせいそんのく)
昭和を代表する俳人。「夏草」を創刊し多くの句集を上梓(※じょうし:書物を出版すること)した。青頓(本名・吉朗、1892-1988)は、明治25年に盛岡市に生まれた。大正2年に東京大学採鉱学科を卒業して、古河鉱業足尾鉱業所に入り、2年間勤務したことがある。その後たびたび足尾を訪れ句を詠じ(えいじ)次の作品などを残している。
・合歓(ねむ)咲きて駅長室によき陰(かげ)を(昭和11年)
・風花やをろがみ申す山の神(昭和18年)
青頓の作風は、清純高潔でその詩情は穏健で調和的である。
(とちぎ文学散歩から) 日光市 |
■説明板・・・
●旅客執着の間藤駅(まとうえき)
足尾線は私鉄により開設され、この駅は大正3年(1914)11月1日に営業を開始した。時あたかも足尾銅山全盛期であり、鉄道は物資の輸送増強に必要であった。同7年に国鉄に移った。しかし、昭和62年(1987)に全町民の猛烈な反対も空しく、赤字により廃止されJRに移った。平成元年(1989)から第3セクター「わたらせ渓谷鉄道」として出発した。その間、昭和45年に無人化(最高時18人)され淋しい駅となったが、平成6年に陶芸教室と合築し「カモシカの見られる駅」として新装され注目されている。
日光市 |
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