・・・・・栃木市の風景・・・・・
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   栃木市 22.6.14    05
あじさい坂・太平山神社
アジサイ坂・太平山神社01・・・アジサイ坂・太平山神社02・・・アジサイ坂・太平山神社03・・・アジサイ坂・太平山神社04
アジサイ坂・太平山神社05・・・アジサイ坂・太平山神社06・・・アジサイ坂・太平山神社07・・・アジサイ坂・太平山神社08
■説明板・・・
●高慶大師の由緒
高慶大師は正平19年(1364)上都賀郡真名子村に生まれ幼名は出井仁三郎、深く仏法に帰依し円通寺で出家得度し救海と称した。比叡山に登って天台宗の学問と修行を積み、帰国後太平山の円通寺2世住職に拝命し民衆教化に尽力しその徳行はあまねく衆人に慕われた。救海53才の時自ら入定を決意し、応永23年(1416)3月11日太平山真野谷という所で石室に籠居し、食を断って座禅三昧49日目に即身成仏を遂げた。時の朝廷は救海の功績を称え、「高慶大師」という諡号(しごう)を賜う。大師が死に至る間に記録した文書は、「入定記」と称して寺に保存されてある。(栃木市重要文化財)大師を祀る墓は此処より100m程北の入定谷にある。
天台宗星住山円通寺
■説明板・・・
●前田雀郎碑
栃木県が生んだ川柳の巨匠前田雀郎(1897-1960)は若くして上京、川柳の探究と興隆に尽くし、故郷宇都宮市に疎開、以来栃木県下の川柳界の指導に励み、この功により栃木県文化功労章を受ける。晩年ふたたび上京、マスコミ等で活躍したが、1960年に62才で逝去。生前太平山をこよなく愛しこの句を残した。
「大平の曲がればここも花吹雪」
この碑は、雀郎自らの手で除幕したもので1954年に当市の不二見吟社(現不二見川柳社)の尽力により建立されたものである。
栃木市観光協会
↓前田雀郎碑