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●氏家町の風景   現 栃木県さくら市
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蔦地蔵・定家地蔵
19.1.22
説明板
石造地蔵菩薩座像(せきぞうじぞうぼさつざぞう)(彫刻)
蔦(つた)地蔵とか定家(ていか)地蔵とも呼ばれる本彫刻は高さ1.3メートルの安山岩に地蔵菩薩座像と蓮弁(れんべん)台座まで丸彫りにした中世期(※平安末期から戦国時代あたり。あまりはっきりしていない。)の石仏である。
右手に錫杖(しゃくじょう:※杖の頭に金属製の輪を何個か付けた物。この杖は音が出るので修行僧が山中に行く場合は熊・猪・猿などの獣除け・マムシ除けになったり、托鉢時に「訪問しています」というお知らせになったり、いざという時の武器にもなったそうです。)左手に摩尼宝珠(まにほうじゅ:※桃の実がモデルのようです。)を持つ延命地蔵の形で法衣(ほうえ)・袈裟(けさ)も的確に刻まれ、台座にめぐらされた蓮弁は力強い・細面(ほそおもて)・切れ眼は瞑想的(めいそうてき)で、品格を保ちながらも、耳や鼻は大きめに強調されている。また、この石仏が正面だけでなく、周囲を巡りながら拝するために、丸彫りは丹念に仕上げられ、重量感あふれる中世石仏となっている。

鎌倉期に宇都宮氏を中心に形成された宇都宮歌壇は京都・鎌倉に次ぐ一大地方歌壇で、歌聖藤原定家と親交を結び、宇都宮頼綱(よりつな)の女(むすめ)は定家の長子為家(ためいえ)に嫁(とつ)いでいる。頼綱は法然上人(ほうねんしょうにん)に帰依(きえ)し蓮生法師(れんじょうほうし)と称した。宇都宮氏の支族氏家公頼(きみより)も浄土信仰をもち、定家の七周期に定家の面影(おもかげ)を写した石仏を造立(ぞうりつ)したと伝えられ、以来定家地蔵といわれるようになったという。

昭和51年3月3日指定
氏家町教育委員会


※印はわからないので補足してあります。