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長興寺 曹洞宗

塩谷山 天龍院長興寺
創建 正治元年(1199)
開山 重興開山 要山玄的大和尚
開基 川崎城主 塩谷朝業(信生法師)
本尊 釈迦牟尼仏
宗派 曹洞宗
大本山 福井 永平寺(道元禅師開山)
    横浜 総持寺(瑩山禅師開山)
本寺 宇都宮 成高寺
沿革
当寺は川崎城を築城し、鎌倉幕府三代将軍源実朝公に仕え、特に和歌をとおして、非凡なる武将と認められた塩谷朝業(宇都宮業綱の次男)によって開闢・開基された川崎城主塩谷家の菩提寺である。歴代城主の保護を受け特に、天文2年(1533)には、上野国・長源寺より要山玄的和尚を拝請し、曹洞宗寺院として、時流の変遷に絶えることなく、綿々と法灯が護持された由緒を持った寺である。

長興寺(ちょうこうじ)
塩谷山(えんこくさん)天龍院長興寺は、鎌倉時代の初期に川崎城主塩谷朝業(しおのやともなり)→【信生法師(しんしょうほうし)】が開山し塩谷氏歴代菩提寺としてつづいています。
塩谷朝業は、鎌倉幕府の御家人として、三代将軍源実朝に武将として側近く仕えるとともに、歌人としても名声を博し、和歌を通しても将軍実朝から寵愛を受けた人です。境内には、円通閣、観音像、歌碑、塩谷氏墓所があり、また庭には、実朝の愛した梅のひこばえが鎌倉から移植され、現在も可憐な花を咲かせています。

歌碑の案内
この和歌は川崎城主塩谷朝業公が鎌倉幕府に出仕していたとき、時の将軍源実朝公から

君ならで誰にか見せむ我が宿の軒ばにほふううめのはつ花

という歌に梅花を添えてとどけられました。朝業公は感激して

うれしさも匂も袖に余りけり我ためおれる梅の初花


と和歌をもってお返し申しました。
吾妻鏡は
鎌倉幕府の歴史書で上記のことが建歴2年(1212)旧2月1日のところに記されてあります。この歌碑の文字はもと江戸城の紅葉山文庫に所蔵。現在は内閣図書館に保管されている重要文化財「吾妻鏡」の原本を写し彫刻したものであります。
昭和52年1月
塩谷朝業顕彰会