とちぎの文化財HPには・・・次のような説明文があります。
創建は646年(大化2年)で、主神は誉田別命、配神は熊野大神と大山咋命とされている。905年(延喜5年)、醍醐天皇の命令によって、朝廷の儀式や作法、諸国のならわしなどを記録したものを「延喜式」というが、このなかに国々の国司が奉幣すべき神社を書き上げている「神名帳」があり、それに載っている神社を「延喜式内社」と称する。栃木県には12の「延喜式内社」があり、村檜神社もそのうちのひとつである。
村檜神社は、小野寺十郷の総鎮守としてだけでなく、中世時代以降は小野寺保の領主の小野寺氏や唐沢城主の佐野氏をはじめ多くの武将の崇敬をうけけた。
本殿は、1553年(天文22年)に建てられたもので、記録では、飛騨の工匠甚五郎の作とされている。本殿の西南側の柱には、埋め込みの工法で甚五郎作といわれる「うり」が刻まれている。県内では珍しい三間社春日造、屋根は檜皮葺で、県内では村檜神社にのみ確認される建築様式である。構造・彫刻いずれも室町時代後期の傑作として、1908年(明治41年)に特別保護建造物として国の指定を受けた。向拝の海老虹梁の側面や、組物の拳鼻、屋根の懸魚の彫刻類はすべて図柄が一つずつ異なっていて、室町時代特有の華麗な絵様も格別で、県内はもちろん他都道府県にもあまり例を見ないほど、その技法はすばらしく、貴重なものである。
平成17年度から18年度にかけて屋根の葺き替えを行い、往時の姿を取り戻した。
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