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佐久山城跡     517
   22.11.13 栃木県大田原市
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■説明板・・・
●史跡 佐久山城跡 昭和36年12月8日指定 大田原市佐久山4458 管理者 大田原市
文治3年(1187)那須太郎資隆(すけたか)の次男泰隆(やすたか)は、この地辺りに築城(通称御殿山)して、佐久山次郎泰隆と称して居住した。後、永禄6年(1563)子孫の佐久山右衛門義隆は、同族の福原安芸守資孝(ふくはらあきのかみすけたか:大田原備前守資清の次子資則)に滅ぼされ廃城となった。跡は東西60メートル、南北50メートルで、その西側及び南側の一部に土塁が残っている。天正18年(1590)資孝の子、雅楽頭(※うたのかみ:雅楽寮の長官。歌や舞を教えるトップ。)資保は、片府田城より佐久山四つ谷に陣屋を移し、のち元禄15年(1702)福原刑部資倍(ぎょうぶすけます)、佐久山城に補修を加えて移り、以降福原氏累代が居住したが、明治2年(1869)福原内匠資生版籍を奉還した。城跡は現在御殿山公園と呼ばれ、公園として利用されている。
(※名前の読みがわからないので調べましたが、正確ではありません。念のため。)