■説明板・・・
●日光市指定史跡 小滝坑跡
明治10年(1877)足尾銅山経営を始めた古河市兵衛は小滝の旧坑(250m先までの掘止)を利用し、明治18年(1885)7月にこの小滝坑を開坑しました。明治26年11月には本山坑(間かく3005m)と貫通し、次に立坑で通洞坑(間かく3276m)とも連絡するようになり備前楯山(びぜんたてやま)に向かって三坑から採鉱がすすめられました。この開坑の功労者は笈川清七と木部末次郎であり、当時下駄づくり小屋が一軒しかなかったこの土地に、小滝坑を中心に銅山の施設と集落が出現し、大正年間には人口一万人余となりました。昭和29年(1954)銅山の経営合理化により小滝坑が廃止されるとともに銅山の施設が全部撤去されて今日に至っています。当時の名残りの小滝坑と前岸のさく岩機練習のノミ跡にとどめています。小滝坑の小坑は、旧坑の一つです。
昭和51年3月15日 日光市教育委員会
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