説明板・・・
烏山町重要文化財指定
清水地蔵尊 由来
当地蔵尊は清水地蔵堂に在す。延命地蔵菩薩で清水地蔵尊と呼ばれている。伝説によれば、本尊仏は平清盛の持仏で聖徳太子作と言われ、滝田六郎実隆が平氏滅亡の時、壇の浦の海中より拾得し帰国後この地に安置したといわれている。那須氏烏山開退後荒廃したが、城主永井伊賀守によって貞享年間(1684-1687)再建され、宝仏善正院西方寺と称した。明治初年無住職、無檀家のため廃寺となり地蔵尊は字の講が引きついて現在に至った。さらに万物育成の慈悲心の大きなことから安産子育ての宗教的地蔵信仰が生じ子どもの守護者として子育延命信仰が生じた。旧堂地は旧興野小学校校庭であったが校地拡張のため昭和40年1月23日現在地に移転した。昭和37年3月8日烏山町重要文化財となる。
平成15年3月
興野自治会 |
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