むかしの野尻村
「鹿沼市史資料編 近世1」参考
野尻村
荒井川の谷口にある。「慶安郷帳」で田69石余・畑72石余。天保年間の家数25戸。朝鮮種人参を栽培した。
野尻村の概要
大芦川と大芦川支流の荒井川の合流点に位置する。北は下加園村、西は上南摩村、南は下南摩村、東は酒野谷村である。近世期を通じて都賀郡に属した。「慶安郷帳」では田69石余、畑72石余。「天保郷帳」では232石余が記載される。当初は幕府領で、慶安2年(1649)に鹿沼藩領、享保9年(1724)に下総小見川藩領、天保9年(1838)に再び幕府領と変遷した。そして同11年からは吹上藩領となり維新を迎えた。
参考
慶安郷帳 1648年
元禄郷帳 1701年
天保郷帳 1834年 |