「かぬま郷土史散歩 柳田芳男氏 著」 参考
今宮神社
今宮神社の参道は長い。その入り口は麻苧町通りだから、400m近い。昔は参道の両側は杉並木で、堀と土手があり、今宮馬場と称した。天文元年(1532)壬生綱房が現在の御殿山である坂田山に城を築き、同3年に御所の森(現北小学校裏庭)にあった日光二荒神を城内(現在地)に移し、今宮権現と称して城の鎮守とした。近世には、徳川幕府から朱印高50石を受け、鹿沼宿の氏神として崇敬された。明治5年に郷社に、昭和6年に県社になっている。
忠霊塔
昭和33年に建設された。第二次世界大戦により戦死した二千五百余柱の英霊がまつられている。
上都賀郡誌 復刻版(発行 昭和52年8月30日)参考
今宮神社(県社)
創立年代不詳といえども、往古は字御所の森に鎮座し、鎌倉幕府時代には鹿沼六十六郷の総鎮守として大いに神威を輝かし、天文元年(1532)壬生下総守綱房、坂田山に築城するや同三年(1534)御所の森より現在の地に奉遷し今宮大権現と称し当城の鎮守として、けい田五十石を附し社家別当神宮寺を置く。徳川幕府に至り更に御朱印御注文を交付する。 |